Mosu映画ガタリ

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ナワリヌイ氏の訃報に思う

本当は先月観た「哀れなるものたち」について書くつもりでいた。
だが同原作本も読みたくなり頁を進めていたある日、ロシアの反体制派指導者アレクセイ・ナワリヌイ氏が死亡したとのニュースを知り、その前に彼について記さずにはいられなくなった。

ナワリヌイ氏と言えば、2023年アカデミー賞の最優秀長編ドキュメンタリー賞を受賞した『ナワリヌイ』の人物である。日本でも上映され、僕も映画館に足を運んだ。
彼を追ったドキュメンタリーであるから当然、1時間38分の間ほぼ終始、生前の彼がスクリーンに映し出される。
「反体制派指導者」などという恐ろしげな肩書きとは裏腹に、切れ者でありながらも茶目っ気たっぷりにジョークを連発し(時にはスラングも)、役者やタレント顔負けのエンターテイナーぶり(いやそれだからこそ民心を掴むことができたのだと思うが)。1男1女の子どもと妻を愛する家庭人でもある。

ドキュメンタリーとは「ストーリーを楽しむ」ことよりも、現実に起きたことを「知る」ことに重きが置かれるものだが、『ナワリヌイ』は、毒殺未遂、犯人の究明、氏の逮捕に至るまでの現実の出来事が、あたかも脚本のあるミステリ映画さながらに、生々しくもドラマチックに展開していく。
警察や特殊機関などではなく、ナワリヌイ氏に賛同した一般市民であるジャーナリストや調査メンバーが超大国の陰謀を暴いていく様は、誰もがスマホひとつで発信者となり得、PCを叩けば世界中の情報収集ができる、プロとアマの境界線が曖昧になったこの時代ならではのドキュメンタリーと言える。

もちろんこれはナワリヌイ氏サイドからのみの発信であり、すべてが真実かはわからない(あまりの鮮やかな犯人暴露劇にヤラセではないかと疑念ももったほどだ)。
映画を観終わる頃には、すっかり彼の人間性に魅了されていたが、偏った情報を鵜呑みにしてはいけないと自重もしつつ、帰路についた記憶がある。
しかしドキュメンタリーの真実性はどうあれ、事実、隣国を戦争状態に陥れている大国の権力者に対し、命をかえりみず闘っている人がいるということ、それに賛同している市民も多数いることを知り、希望の光を見たようだった。

だがそのナワリヌイ氏は、映画でも曝された通り2021年1月にロシア当局により逮捕され、「北極の狼」と悪名高いシベリアの刑務所に移送されたのち、
先日、獄中にて亡くなった。
死因は「突然死症候群」。
前日まで、裁判官に得意の冗談を飛ばすほど元気だったという。

映画の中のインタビューで
「もし殺されたら、ロシア国民にどんなメッセージを残しますか?」という問いへの答えを、今も鮮明に思い出す。

“Never give up”

字幕も必要なく、彼の肉声で心に刻み込まれたシンプルな言葉。
重々しく深刻ぶるでもなく、簡潔に明瞭に、いつもの冗談交じりの表情でそう述べた、在りし日のナワリヌイ氏を偲ぶ。